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 午前の授業が休講になったので道場に行ってみようと思った。
 大学に進学して1年の終わりには国際大会の強化選手に選ばれた不二山が、代表合宿がないこの時期でも必修の授業さえなければ、まだ練習が始まっていない午前中でも自主練しているということを新名は知っている。
(道場の方かなー、今日は人数少なそうだからトレーニングルームの方か……)
 差し入れも持たずに手ぶらで見に行ったら怒られっかなー、でもオレも自主練しに来たって言えば大丈夫か。などと考えながら学生課掲示板を離れ武道場のあるクラブハウス棟へ向かう。
 この一流体育大学へ入学してもう2ヶ月近く。男女問わず友人はたくさん出来ていたが、ふと時間が出来た時に一緒に過ごそうと真っ先に思い浮かぶ程度には、新名は不二山になついていた。それは、高校時代とあまり変わらない。
 
「あれー? やっぱトレーニングルームかぁ」
 各人のトレーニングプログラムにしたがって走り込みや筋トレを行う朝練の後、授業のない者が引き続き練習や休養で利用するので道場の鍵は開けたままになっている。不二山はよくそこで他の時間の空いた部員と練習をしているのだが、今日は誰もいなかった。
 最近武道場専用に作られたばかりだというトレーニングルームは、柔道場を出てシャワー室とロッカールームが向かい合う古い施設の長い廊下を渡っていった突き当たりにある。別に遠くもないのだが、いつもならここで無理に不二山を探さずにそのまま道場で昼寝でもしていただろう。
 ただ、そのときの新名は、何故かどうしても不二山を探さないと気が済まなかった。
 
 柔道部だけではなく、同じ棟に練習場がある剣道部、空手部、少林寺拳法部、その他武道系のサークルや同好会も使用するシャワー室とロッカールームは古いけれど広く、出入り口もいくつもある。その長い廊下へ出ると、右手側、ロッカールームの方からガタッとロッカーを閉める音が聞こえた。
(あ、今着替えてんのかも)
 道場に近い方のドアを開けて中に入ってみた。
 前期教育が始まったばかりということもあるし、部によっては大学選手権の地区予選が始まっていたりで人が少なく、この時期の午前中、ロッカールームは閑散としている。
 背中合わせのロッカーがズラッと何列も迷路のように並んでいる薄暗い室内に、遠くの方――ちょうど柔道部の学年が若い部員に割り当てられている区分――で蛍光灯のついている一角があり、そこへ目星をつけて近づいていく。
「あーらしさーん? 」
 一回呼びかけてはみたものの返事がなく、別人だったら恥ずかしいのでそれ以降は黙ったまま静かに通路を進んだ。とはいえ不二山は練習前に『瞑想』と称してイヤフォンでクラシック音楽を聴いていたりすることがあるので、新名が呼んでも返事がないことなどざらであるが。
 どっちにしろ着替えているのが不二山でなければ、そのまま通り過ぎて向こうのドアから出てしまおうと新名が考えていた時のことだった。
 
 奥の、灯かりがついていた一角のロッカー列から人影が飛び出してきた。Tシャツにハーフパンツ姿の男が3人。新名も見覚えのある横顔だったので挨拶しなければと一瞬背筋を伸ばしかけたが、彼らの様子があまりにも何かから逃げるような、慌てた様子だったので声をかけるのが憚られた。
(今の……たぶん柔道部の3年か4年の先輩たちだよな……?)
 
 3人は新名が入ってきたのとは反対側のドアからさっさと出て行ってしまった。柔道部はそこそこ部員数が多いので、上級生といえどもレギュラー争いをするほどの目立つ選手でなければ、入部して2ヶ月足らずの新名ではなかなか顔と名前が一致しない。今去った3人は、そういう目立たない部類の上級生であった。
「ちょ、電気つけっぱかよ」
 1年には節電節電ってうるせーくせに何だよ……と、天井灯のスイッチに手を伸ばそうとすると、視界の隅に誰かが映った。
 
「うわ、ビクった! 嵐さん!? 」
 慌てて駆け寄った。というのも、こちらに背を向け一番奥のロッカーにもたれかかっている不二山は両腕を後ろで縛られ、口にタオルを巻かれていたからだ。
 
「ちょっ……何だよこれ……」
「…………ああ、たぶん合成ゴムだな」
「いや、材質を聞いてんじゃなくて! 」
 噛まされていたタオルを先に外し、次に腕を拘束していた打ち込み練習用に細長く切ってあるタイヤのゴムチューブを外してやっていると、不二山はまったく暢気なことを言う。そして開放された手首をグルグルッと回して、着替えの途中だったのか少しずり下がっていた柔道着の下衣を引き上げた。
「あー、なんかもうあんま時間ねぇな。早ぇけど飯行くか? 」
と、不二山は半分開いたままの自分のロッカーを開いてハンガーにかかったジャージを取り出す。
「いやいやいや、てか先輩達に何されてたの? ヤバくねーの!? 」
 怪我とか……と心配したのに、不二山は新名の顔の前に手のひらをかざしてケロッと言った。
「そんな大袈裟なもんじゃねぇ、体育会系にはよくある」
「あー、あるある……って、ねぇよ! 」
「個人技で完全な実力社会だからな。妬む奴がいるのもわかる。気持ちはわからねーけど。卑怯なことをしてくる奴がいても、俺は実力で叩き潰すだけだ」
「さーすが嵐さん、カッコイイ~」
「茶化すな。ていうか新名、おまえ先に行け。場所取っとけ」
 手に着替えようとしたTシャツを持ったまま、少し切羽詰ったように不二山が言った。
「へ? この時間なら食堂全然余裕っしょ? 」
「いいから先行ってろ。俺は着替えて後から行く。おごってやるから」
「どーいう風の吹き回し? オレ今減量ないし超食うよ? 」
「別にいい。何でも好きなもん食え」
 場所取っとけよ、と背中を押されロッカールームを後にした新名だったが、廊下でまだ手にゴムチューブを持ったままだったことに気がついた。手がゴム臭くなっていたので(これ合成ゴムじゃなくて天然ゴムじゃね? 天然の嵐さんvs天然ゴムとか。マジウケル)などとどうでもいいことを考えながら、一旦部室に戻り、ゴムチューブを用具置き場に戻して手を洗う。
 
(さてと、場所取り……ね。今からじゃまだ食堂ガラガラだと思うけど……)
 もと来た廊下を戻り、今度こそ食堂へ向かおうとしたその時、ロッカールームの中からドンッと明らかにロッカーの開閉の音ではない、誰かがロッカーにぶつかったような音が聞こえた。
(……嵐、さん……!? )
 やっぱりさっき本当は怪我か何かしていて……オレに心配させないように先に行けって言ったとか――!? 不吉な予感を抱え新名は走った。


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