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不二山は柔道の名門校から引き抜かれたわけではない。団体での実績などほとんどなく、個人のポッと出の選手でしかなかったにも関わらず、その伸びしろを買われる形で一流体育大学に推薦で進学した。そして指導者の期待どおり、重量級でもないのに他の鳴り物入りで入部してきた選手を押し退け1年にして団体戦のレギュラー入りを果たしたのである。
それどころか、並み居る先輩たちを差し置いて国際強化選手に選抜されるなんて上手く行き過ぎていて、そりゃ誰でも妬みや嫉みの一つや二つあるだろうということは頭では解っていた。
頭で解っていたからこそ、よくある体育会系特有の八つ当たりだと思い込んで、先輩たちの私刑を甘んじて受ける気になったのだ。付属高からそのまま進学してきたメンバーが多い他の部員と違って、高校時代に先輩がいない環境で好き放題やれたことに対する負い目のようなものも少しはあったかもしれない。
それが大きな間違いだったと気づいたのは、恥ずかしながら、新名に助け出された後だった。
両手を縛られ、妙な薬と玩具を挿入され、それでもあくまでその場限りの暴力で終わるものと思い込んでいた不二山の認識は甘すぎた。それまで性的なこととは全く無縁できたから、ただ性欲の捌け口として生意気な後輩である不二山が目をつけられただけなのか、恥ずかしい画像でも押さえて今後部内での力関係を有利にしようと思ってのことなのか、その両方なのか、もっと他に目的があったのか、先輩たちの思惑がどこにあったのかは皆目判らない。
ただ、新名に言われた「オレが来なきゃあのまま先輩たちにヤられちゃってたんじゃん」という言葉がその通り過ぎて反論のしようもなかった。
(けど……普通、男同士でそんなことって、考えつかねーだろ)
考えつかなかっただけで、自分は悪くない、と思いたい。
ただ、男同士で――なんて考えつきもしなかったのに、自分から新名を誘うような真似をしてしまったことだけは、どんなに自省してみたところで自分で納得できるような説明がつきそうもなかった。
No Reason
新名は独占欲が強い――と、不二山は思う。
誰とでも平等に付き合っているように見えるから解りにくいが、高校からの付き合いでよく観察しているうちに解ってきた。新名は、自分に全力を注いでくれる相手を嗅ぎ分けるのが上手く、そういう相手に一旦心を許したらとことん懐く性格のようだ。そういう相手への執着心がとても強い。
一人っ子で、いつだって自分だけが全力を注がれるのが当たり前の環境で育ってきた不二山にとって、新名の、相手によって絶妙に態度を変えるそんな交流の仕方は最初こそ信用ならないものと映っていたが、自分に心を開いてくれている今は好ましいもののように思える。高校生の頃から、自分のいないところでも「うちの嵐さんが」と言って特別扱いしてくれていたことも知っていた。
そうやって分析すれば分析するほど、自分の新名に対する感情に好意以外のものはないと断言できるのである。
周りの誰もがおそらく気がついていなくて、新名本人だって意識はしていないかもしれないような彼の独占欲。表情や態度に出さないようにしていても時々言葉の端々や声色に現れるそれを、不二山だけが時々感じ取ることが出来ていたことも、それだけそばにいて新名のことをよく見ていたことの現われだろう。
(だからって……なぁ)
自分が新名の特別であるという自覚はあったし、自分にとっても新名は特別な後輩だ。しかし、だからといって体を許すまでの理由となると、なかなか思いつかない。
ここ数日、そのことで不二山はずっと頭を悩ませていた。
部活動以外の時間には筋肉を休ませることも練習のうちなので、試合前でもない限り遅くても19時には部活は終わる。
不二山が高校生だった頃は、そんな時間まで練習した後の新名は「もう無理。立てねぇ。明日ぜってぇ起きれねーし」と大騒ぎしていたものだが、今や部活の後からでもバイトだ合コンだと忙しく遊び回っているようだ。
『あの日』以来なんとなく気まずくて2人きりでそのことについて話す機会もないままだが、機会があったとしても自分の気持ちが固まっていないのに何か話せるはずもない。だから今は、そんなふうに新名が忙しいことに救われている形だった。
そんなある日。部員数が多いので練習中にもなかなか新名との接点はないのだが、その日は何セット目かの乱取り練習の最後の1本で新名と当たった。
マネージャーの「始め」の声にお互いに一礼して組み合う。
運動神経の良い新名は、高校で柔道を始める前にも色々なスポーツをかじってきたというだけあって、あちこちに基礎があり動きがトリッキーで面白い。その上で、柔道の技もぐんぐん吸収して強くなっている。だから、新名との組み手は純粋に楽しい。高校の頃からお互いの性格や癖なんかも分かっているが、互いに日々進化している自覚があるから尚のこと楽しかった。
(やっぱ新名とやんの面白ぇ……)
壁際までもつれ込んでしまったため道場の中央に戻りつつ、乱れた襟を直し帯も整える。部活に没頭することで、数日悩んでいたモヤモヤとした思いをすっかり頭の片隅に追いやっていたのだが、同じように肌蹴ていた道着を正しながら新名がぼそりと尋ねた。
「なあ……あれから、あの先輩たちどう? 」
その問いかけに一瞬動揺したが、新名は別に不二山の動揺を誘うために言ったわけではなさそうだ。
先日の先輩たちはあれから接触を持ってくることはなく、実際にどうということもなかったので「特に何もねぇ」とだけ簡潔に答える。そのまま新名の襟を取って組み手を再開すれば、新名もそれ以上何も言わなかった。
「次なにかあったら、ちゃんと抵抗してよ。オレも気をつけて見とくけどさ」
乱取り稽古を終えて休憩に入った時、道着の下のTシャツを替えていると、後ろから控えめなトーンで声がかかる。振り向くと、不二山の分もドリンクを持った新名が立っていた。
「……わかってる。もう大丈夫だ」
「ん、まあ嵐さんなら大丈夫だと思うけどさ。やっぱちょっと気になってたから」
新名はお節介な方で不二山は構われたい方だから、こんな会話なんて高校時代からもう何度もしてきて慣れているはずだ。それなのに妙にくすぐったくて気恥ずかしくて、受け取ったドリンクをひったくるようにして飲んだ。
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