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 そしてその日の帰り道、バス停が混んでいたので駅まで歩くことにしたら、いいのか悪いのか新名に会った。普段は、バスを降りたあと3駅ぶん電車に乗る不二山よりも、駅の2つ前の停留所で降りる新名の方がよくバスを使っている。
「あれ、嵐さんも歩き? 」
「なんだ、おまえもか。珍しいな、雨でも降んのか」
「あー、そういや予報で夜中降るって言ってたな……って、どういう意味よそれ」
 当たり障りのない天気の話題や、最近はばたきファームで繁殖に成功したらしいアルパカの赤ちゃんの話などで盛り上がっている間に、大学から徒歩20分ほどの距離にある駅はもうすぐそこだ。
 

「おい、降り出すの夜中じゃなかったのか! 」
「そんなことオレに言われても! 」
「ていうか、おまえが珍しく歩いて帰ったりするからだろうが」
「えー、マジでオレのせいになんの!? 」
 駅まであと5分ほどというところまで来て、蒸し暑い空気中に重く飽和した水蒸気に耐え切れなくなった空が、大粒の雨を降らせ始めたのだった。しかもついていないことに、ちょうど住宅街の中を歩いている時で、どこにも雨宿りできる場所がない。
 そんなわけで不二山と新名は部活で疲れた体に鞭打って、雨の中を走るはめになった。

「嵐さん、左! 」
 右に曲がれば駅への大通りに出るという曲がり角で、新名が反対の進路を指示して不二山を追い越す。
 駆け込んだのは重厚な石畳のエントランスで、不二山も何度か来たことのある新名の自宅マンションの玄関だった。新名はその入口のパネルを操作して自動ドアのロックを解除する。
「駅まで行ってもそんな変わんねーのに」
「いや、どっちみち嵐さんそのままじゃ電車乗れないっしょ。乾燥機回すからとりあえず上がって」
 確かに2人の立っていた石畳の上にはたちまち大きな水溜りができていて、このままでは帰れそうもなかった。
 
 
 後からシャワーを使った新名が自分の部屋に戻ってくると、不二山は新名に手渡されたTシャツ一枚に下はパンツ一丁という姿で、壁に貼ってある高校時代の写真を見ていた。
「あっ、ゴメン! ジャージか何か貸せばよかったな。オレいつも風呂上りとかパンイチで部屋まで来ちゃうからうっかりしてた」
「そんなんでお袋さんは何も言わねーんか」
「だって、男2人兄弟をここまで育てた母ちゃんだぜ? そんなこと気にしねーって」
 飲みもんコレしかなかったー、とペットボトルのコーラを不二山に手渡し、自分はパンツ一丁に頭からタオルをかぶっただけの新名は部屋の奥へ向かう。
「そういやお袋さんどこ行ったんだ? 」
 さっき、ずぶ濡れの2人が転がり込んだ時に濡れた服を乾燥機に入れてくれたのは新名の母親だったが、今はその気配がない。
「あー、ちょっと前にこのマンションの下の階に母ちゃんの妹が引っ越してきたから、最近父ちゃんの帰りが遅い日はいつもそっち入り浸ってんの」
 何歳になっても女性はおしゃべりが好きだからねー、と新名はクローゼットの中の引き出し型の衣裳ケースを探っている。
「ていうか、お袋さんいねーなら別にこのままでいいぞ。その方がパンツも早く乾くし」
「そう? ……あー、うん……でもやっぱり下も穿いてて? 目の……やり場に困るし」
「……別にこんなカッコ、いつも部活の後とか普通に見てるだろ」
「そうだけど。部活の時とは違うっていうか……オレの部屋だし、2人っきりだし……隣の部屋弟でも居ればいいけど、アイツも今日遅いし……」

 最初は本当に、女性の目がないのならそのままでいた方が、まだ少しだけ湿っている下着も早く乾くだろうと思って言ったのだった。しかし、新名があからさまに意識しているのがわかって、急に恥ずかしくなった。
 けれど自分がそんな意識しているだなんて新名に知られたくない。
「べ、別に男同士なんだからそんなこと気にする必要ねーだろ」
「気になんの、オレは」
 ポーカーフェイスには自信がある方だ。わざと無頓着を装って言ったら、新名は明らかにムッとした様子になった。

「なんだよ嵐さん……オレ、アンタのこと好きだって言ったよな? 」
「……っ」
 
 優位に立とうと思って意識していないふりをしたのに、追い詰められた新名が自ら弱みを曝け出したので逆に不二山の優勢が崩れる。触れないでおこうと避けた地雷を、新名が踏み抜いた。
「オレはアンタとああいうことしたの全っ然後悔してねーけど、やっぱ嵐さんは不本意だったんじゃねーかなとか……オレが思い出したりすんの嫌じゃねーかなって……意識しねーようにしてんのに……」
「思い出したりって……」
 やはりあの時のことに話が及んで、不二山は柄にもなくうろたえてしまう。新名とその事について話すには、まだ少し心の準備が出来ていなかった。

「そりゃ思い出すっしょ。オレ……あんなにしてぇって思ったの初めてだったし……スゲー気持ちよかったし……嵐さんスッゲ可愛かったし……」
「ちょ……おまえ、もう黙れ」
「アンタが言わせてんだろ! ほんと何なんだよ! こんなんで意識すんなって方が無理だろ!! 」
 だから早くコレ穿いて!! と、新名がハーフ丈のジャージパンツを不二山の胸に押し付けた。
「…………」
 強引に持たされたハーフパンツに視線を落とす。

 これを穿いてしまえば、新名も自分も落ち着いて普段どおりに振舞えるのだろうか。
 自分がどうしたいのかはハッキリとは解らないのに、いま望んでいるのはそんな状況ではない気がしている。
 話す時は必ず相手の目を見る不二山が、珍しく自分の手元をじっと見つめたままぽつりとつぶやいた。
「……俺も、思い出してた」



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