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 部活をしている時は思い出さずにいられた。新名といる時は思い出さないようにしていた。けれど、夜寝る前に部屋で一人になった時に――思い出さないのは無理だった。

 不二山は昔体が弱かったせいか体重が増えにくい方で、特に食事制限しなくても運動だけで減量も何とかなっていたから、あまり厳密に体調管理をしているわけではない。自慰も試合の前夜にはしないという程度の適当なルールだけで、週に何回と決めているわけではなかった。今までは具体的な衝動の対象がなかったから、せいぜい週に1~2回、機械的に手を動かして終わっていたのだ。

 それが、あの日から変わってしまった。いつもはベッドに入れば数分で就寝できたのに、新名のことを思い出してしまって寝付けなくなった。
 自分を全力で求めてくれる切羽詰った瞳を。女のように体を開いて受け入れたこと、肌に降り注いだ熱い汗、「キスしてぇな」と思ったタイミングでしてくれたこと……昼間は思い出さないようにしていたことが次々に思い出されて、手が止まらなくなった。
 

「俺も……毎晩おまえのこと思い出して……」
「あ、らし…さん……? 」
 新名がポカーンとした表情で立ち尽くしている。そんな新名でも恥ずかしくて顔が見られない。
「でも変だろ。新名は……大事な奴には違いねぇけど……可愛い後輩で、いい友達で、俺がここまで育てて磨き上げてきた原石で……ずっとそうだったのに」
 新名の顔を見ないまま、手の中のハーフパンツをぎゅうぎゅうに握り締めて一気にまくしたてる。
「好きんなるんなら、最初からそういう気配とか予感とかあってもよさそうなのに、一回セックスしたぐらいで……急にそんな、前から好きだったような気がしてきたとか頭ん中でこじつけたりして……変なんだ。俺まだ自分で納得できてねーんだ」
「嵐さん……」
 正直言って新名には不二山の言っていることの意味はさっぱりわからない。自分の中の確固たる基準でもってすっぱりと合理的に物事を決めてしまう不二山が、ここまで煮え切らない態度を見せるのが初めてだということも関係あるかもしれない。
 けれど今、不二山にわからなくて新名にわかっていることがひとつだけあった。
 
「なあ。人を好きになるって、理屈じゃないんだぜ」
 
 新名自身、ひどく実感があったので自信を持ってそう告げる。
「オレだって『女の子が好きなはずだったのにー』とかって思わないわけじゃねーよ? でもさ、嵐さんが好きなんだもん。頭がどれだけ納得しなかろうが、オレの心が嵐さんじゃなきゃヤダ! って言ってんだもん」
 さっきまで顔も見られなかったのに、今度は新名から目が離せなくなった。ずっと視線をさまよわせていた新名も、今は不二山の目をまっすぐに見ている。
「頭で理解できるもんじゃなくて、心が、体が先走る気持ちだと思うな、オレは」
 目を見開いていた不二山が納得したように短い溜息を吐いて、そして改めて新名を見つめた。
「新名、俺……」
「ちょ、待って。言っちゃダメ」
「……なんでだよ」
 パッと顔の前に手の平を広げて視線と言葉を遮られ、不二山は不機嫌そうに眉根を寄せた。しかし、いくら不二山が不機嫌になろうと新名だって必死である。
「だから言ったじゃん。オレの部屋で2人っきりで……そんなこと言われたら止まれねーしオレ……」
 腹を決めたようにジリジリ近づいてくる不二山を、押し返すのも、無闇に触れるのもどうかと迷っている風に手を上げたり下げたりしながら、新名はまた視線を泳がせている。

「でももうお互いに解ってんなら、おまえにばっか言わせて俺が言わないんじゃ勝ち逃げされてるみたいじゃねーか」
「いや、だから……勝ち負けじゃねーしこんなの……もうオレの負けでいいからさ。マジでヤバイから」
「ヤバくても別にいいだろ。俺、嫌だって言ったか? 」
「……っ」
 新名が切羽詰った瞳をしている。この目をまた見たいとずっと思っていたということは、やっぱりそういうことなんだろう。
 
「好きだ。新名」
「嵐さん…っ…ほんとアンタって……」
 その言葉を口にした途端、新名がギュッと目をつぶったまま、ヤケクソのように抱きついてきた。予測していたように抵抗なく、新名を受け止めたまま後ろのベッドに倒れる。

「何でもかんでも、おまえに言われるまで自分で気づかねーなんて、俺もまだまだだな」
 新名の顔を半分覆ってしまっているタオルを剥ぎ取って投げて首に腕を回して顔を近づけると、不二山から唇を重ねた。

 ◆  ◆  ◆
 
 ただ寝転がってキスをしているだけだけれど、互いに裸に近い状態で抱き合っているから、新名が昂ぶっている様子が嫌でも伝わってくる。そして、自分も同じ状態になっていることも新名に伝わっているだろう。
「ハァ……嵐さん……マジ……」 
「……っん」 
「ヤベェ……めっちゃ好き……」 
 キスの合間に息つぎをするかのように少し顔を離しては、新名はまたキスを繰り返す。その最中も前髪に触れたり、頬や耳をくすぐったりと顔の周りにあちこち触れてきた。 
 キスがしたかったのは不二山も同じだからいいのだが、どうにも体が高ぶっているのにキスしかしてこない新名に少し焦れてきた。ただ仰向けになって口づけを受けているだけなのがもどかしくなって、新名の首に回していた手を背中へずらし、下半身が触れ合うように脚に力を入れて体を密着させてみた。 
「……っ」 
 新名が息を飲むのが伝わってくる。Tシャツ越しに触れる肌が汗ばんでいる。 
 まるで心臓が2個あるかのように、上半身も下半身もドキドキと激しく脈動していて、もうどちらの鼓動なのかなんてわからない。こんなにぴったりくっついているのに、もっと近くに行きたくなる。 

(ていうかスゲェ。口と口くっつけてるだけなのに……) 

 これ以上どうすればいいのかわからなくなって、新名の背中側から下着の中へ手を入れた。 
「おわッ! ……何してんのアンタ!? 」 
 新名が弾かれたようにガバッと両腕を突っ張ってキスを止めてしまった。同時に二人の体にも隙間ができ、尻の方からパンツを脱がせてやろうという不二山の目論みは潰えてしまう。 
「……なんか……俺からも何かしよっかなって……」 
「いやいやいやいや! ヤバイって! マジ止まんなくなるって!! 」 
「だから……なんで止めんだよ? 」 
「……してもいいわけ? アンタわかってんの? こないだみたいに変な薬やオモチャの力は借りれないんだぜ!? 」 
「前はできたんだから大丈夫だろ。そのぐらい、おまえの実力で何とかしてみせろ」 
 離れてしまった体を引き寄せるように、不二山は両脚を新名の腰に巻き付けた。 
「ちょ、蟹挟は反則だろ……」 
 目元に興奮の色を滲ませたまま、新名が再び顔を近づけてくる。素直に唇を受け入れたら、ヌルッと何かが口の中へ侵入してきた。 
「……っ!? 」 

 新名の舌だと気づくまでに2秒ぐらいかかってしまった。これが試合中なら間違いなく隙を突かれているだろう。 
(……ッ、こいつ……) 
 何か応戦しなければと思ったけれどどうすればいいかわからず、それでも何もしないのは悔しいので新名の背中と頭に腕を回した。


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