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 ぎゅうぎゅう詰めの路線バス車内で、新名の目の前の席が一つ開いた。
 若いもんが座るのもなー…と遠慮の気持ちで立ったままいたら、後ろに立つ不二山から「座れ」と指示が来る。
「こんだけ混んでるんだから、一番近い奴がさっさと座らないと周りに迷惑だろ」
「あー、そうか……気がつかなくてスンマセン」
 不二山が真っ当な理由を周りにも聞こえるぐらいの声で言ってくれたので『若いもん』が率先して座ったことに誰も嫌な顔もしなかった。その間にも後ろからは次々と新しい乗客が乗ってきて依然として混雑している。隣に立つ不二山とも特に会話もしないまま、新名は最後部に近い一人掛けの座席に前を向いて座っていた。

「……? 」
 隣に立つ不二山が妙に落ち着きなくゴソゴソと動いている。ブレーキのタイミングや角を曲がるときの揺れに合わせて体を捩ったりしている様子を見て嫌な予感がした。
「……どうかした? 」
 不二山にだけ聞こえるような小さな声で尋ねてみると、不二山も「うーん? 」と考えるような素振りを見せ、しばらくして体の前に抱えるように持っていたスポーツバッグから携帯を取り出した。そして、不器用に何かをポチポチと打ったメール画面を新名の前に差し出す。

『誰かの手がずっと尻に当たってて気持ち悪い』

「えっ……! 」
 それって……痴漢……!?
 慌てて不二山の携帯を取り上げ、続きに『チカン!?』と打って返した。
『それはねーだろ男なんだし』
 不二山は即答だったが、大いにそれはあるだろう。噂話などに無頓着な不二山とは正反対の新名の耳には、不二山が一部『そういう』趣味の男性から絶大な人気を誇っているという情報も入ってきている。そうでなくても、現実問題さっきから何者かの手から逃れようと体を捩っているというのに「男なんだし」がまったく通用していない。

(どうせ「混んでるからしょうがない」ぐらいに思ってんだろうなこの人は……)
 実際しょうがないぐらいに混んでいるとはいえ、そんな不二山の人の善さに付け込んで不埒な行為を働く輩に腹が立つ。いくら部活で慣れているからといって、簡単に他人に体を触らせている不二山にも少し腹が立った。
 後部座席に近いこの場所では乗客が増えても、降りる客がいない限り奥へ押されるだけで人の入れ替わりがない。このままだと終点で自分たちが降りるまで不二山は被害に遭い続ける可能性もある。
 帰宅ラッシュの時間帯のため後ろからますます押されて、片足を新名と前の座席の間に踏み込んできてまで体を逃がそうとしている不二山を見ていると新名の我慢も限界に達した。

「ぅわ、ッ……新名なにすんだ!? 」
 不二山の腕を掴んで座席側へ引っ張り込み、そのまま腰を抱えるように自分の膝の上に座らせてしまった。
「……こうすればもっと省スペースじゃね? 」
 立ち上がろうとする不二山の腰にガッチリ腕を回して離さず、新名は涼しい顔をして言い放つ。
「ま…まあ、そうだけど」
 いま立ち上がったところでもう自分の立つスペースはないと悟って、不二山も観念して新名の膝の上に収まった。
 おとなしくなった不二山を後ろから殊更ぎゅうっと抱きしめながら、新名はどこのどいつかもわからない、さっきまで不二山の周りにいた他の乗客をにらみつけていた。



「俺、黙って尻触られてるより、おまえに抱っこされた方が恥ずかしかったぞ……」
 終点に着いてバスを降りてだいぶん経ってから不二山がぽつりと言った。
「やっぱり! 痴漢されてる自覚あったんじゃん!! 」
「女じゃねーんだし、尻触られるぐらい何でもねーだろ」
 見ず知らずの他人に尻を触られることを「何でもない」と言うのに男も女も関係ないと思う。性的な意図を持った誰かが不二山に近づくだけでも許せないというのに。

「ダメ! 嵐さんに触ってもいいのはオレだけ!! 」
「……おまえ……ほんと恥ずかしい……」
 そう言ったきり不二山は黙ってしまったが、新名が勢いに任せて繋いだ手は振りほどかれることはなかった。



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