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「なんで全然疲れてないかなー…」
「ん、さすがに今日は疲れたぞ」
 海岸沿いの通学路で溜息を吐く新名の隣を歩く不二山は、新名にもらったエコバッグ2つに今日一日でもらった山のようなプレゼントを詰め込んで肩にかけている。ほとんどがタオルやTシャツなどの実用品か菓子などの消えものなので、かさ張るだけでさほど重くはないのが救いだ。
「全っ然そうは見えない。ケロッとしてたじゃん。あんまり平気そうだから嵐さん、伝説の教会でサイボーグになったことにされてたぜ」
「サイボーグか。それも悪くないな……あ、でもそれだと試合に出られねーのか? 」
「いや、真剣に考えなくてもいいし」

「つーか真剣な話、あいつらの前で俺が疲れてるとこ見せるわけにいかねーだろ」
 不二山がふっと真面目な表情になった。
「うちの部長はこんなに強かった、って目標にならなきゃいけねーんだ。もうすぐ引継ぎ期間も終わるし、いつまでも俺が部長面して練習仕切るわけにもいかねーんだから」
「……そっか……引退しちゃうんだ」
「あいつらには、おまえと違って一対一で何かじっくり教えてやるって機会もあんまなかったし……今のうちにちょっとでも『強かった俺』ってのと『今後の課題』を後輩たちに残しとかねぇと」
(嵐さんがいない柔道場なんて想像つかねー…)
 具体的な想像はつかなくても、漠然とただひたすら寂しいことは今からでもわかる。柄にもなくセンチメンタルになりながら、不二山の顔が見られなくて肩越しに夕陽の反射している海を見た。

 他の後輩たちよりは恵まれてた方かな? 部活以外でも何かとまとわりついたおかげで個人的にも構ってもらえたし、最後の合宿だってほとんど一対一でいろいろ教えてもらった。今だってこうやって一緒に帰ってるし……でも嵐さんが引退しちゃったらこういうのもなくなるんかな。
 そんなことを考えると鼻の奥がキュッと痛む。

 最後の総体で全国でも上位に食い込んだ不二山には、既にいくつかの柔道強豪大学からの推薦や企業からのスカウトの話が来ている。それどころか全日本強化メンバーの候補として名前も挙がっていた。もし不二山がこんな新設の柔道部所属ではなくしっかりしたバックアップのある団体に所属していれば、または権力のある指導者のもとで練習していれば、その後押しで問題なくメンバーに選ばれていただろう。
 つまり、卒業後はそういった後ろ盾のある組織で柔道を続けるであろう不二山と、今のような関係・距離感を保つのはもう難しいのだということを、新名は痛いぐらい理解していた。

「…………」
 新名が何もしゃべれないでいると、不意に不二山が新名の左手を握ってくる。
「マジで疲れたんだ、今日。後輩の前で痩せ我慢してただけ」
「あれ、オレも後輩なんだけど」
「おまえは別だろ。なんか食わして。祝ってくれんだよな? 」
 歩きながらちょっと首を傾け、頭同士が少し触れるぐらい軽くコツンとぶつけるように覗き込んできた。
「……ッ、そりゃもちろん……ていうかやめて。そんな目で見ないで」
 料理はするが、甘いものが苦手なためお菓子なんて作ったことがなかったというのに、新名の家では今日のために不二山のためにいろいろ調べて挑戦した手作りケーキが待っている。
 そんなことはまだ不二山には言っていない。それなのに、新名からは特別なお祝いがあると頭から信じて疑っていない、甘えたような眼差しで見つめられるとさっきまで落ち込んでいたのが馬鹿みたいに浮かれてしまう。部活引退したら構ってもらえなくなるんじゃないかと心配していたのが嘘のようだ。

(オレは別って……特別ってこと、だよな? )
 傍から見れば体育会系の部活男子がじゃれながら歩いているようにしか見えないのだろうし、体の接触に全く抵抗感を持たない不二山には何でもないことなのだろうが、さっきからずっと繋いだままの手は新名を舞い上がらせるには充分だ。
「ていうか嵐さん、家で誕生日祝いとかないの? オレはそりゃ…嵐さんが来てくれたら嬉しいけど……」
「土曜は親父が仕事だから今年の祝いは明日やるってお袋が言ってた。つか眠ぃ。今日おまえん家泊まる」
 1人っ子で結構な箱入り息子である不二山の家庭を心配したのに、当の不二山は至ってマイペースだった。
「マジで!? じゃあ今日は一緒にお風呂入ったりしちゃう? 」
「別にいいぞ」
「ちょ……嵐さんの誕生日なのにオレ喜ばしてどーすんのよ」
 快諾されて思わずニヤけてしまう口元を隠すように片手で覆っても、よからぬことを考えているのはすぐに不二山にも伝わったようだ。
「あ、でも……おまえんち家族いんだから……あんまり変なことは、すんなよ……」
(……『あんまり』じゃなかったらいいんだ!? マジで誰の誕生日だよ! )
 デレも休み休みにしてくれないと新名の心臓がもたない。緩んでくる顔はもはや隠しようもなく「ちょっと母ちゃんに嵐さん泊まるって連絡しとく! 」と、誤魔化すように携帯を取り出した。
 
 

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