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 はば学に通うために引っ越してきてからずっと、バイトがない日は家の近くの駅前から公園通りを抜けて折り返す、10キロ程度のランニングをするのが習慣になっていた。
 そのランニングコースの最後にあるこのコンビニに寄って決まったスポーツドリンクを買うのが俺のルーチンワークだ。

 この近所は高校も大学も多いから、俺が行く時間帯はだいたい学生バイトがレジにいる。
 週に何日も通っているとだいたいあの人は何曜日の人だとか、あいつとあいつは絶対同じシフトに入らねーのな、とかわかってきて面白い。


 同好会として部員一人から始めた柔道部もなんとか部活動として認定され、少人数ながらも地道に活動してきた一年を終えて、二年生になった春。
 部活だけじゃ時間足りないから、個人的な追加トレーニングは家に帰ってからになる。二年になってからも俺はいつものランニングコース、いつものコンビニ、いつものドリンク、っていうルーチンは崩さなかった。なんかそれが崩れると体調にも影響ある感じがするんだよな。
 そしてそのいつものコンビニ、やっぱり学生バイトが中心だからかメンバーが大きく入れ替わってた。今日は、レジにいるの知らない奴ばっかだ。
 まあそれも追い追い顔見知りになっていくんだろうから気にせず、いつものドリンクを取ってレジに向かう。リストバンドについてる小さいポケットから小銭を出して精算を待ってたら、派手な髪したレジの男がでっかい目で俺のことじっと見てるのに気がついた。
「へぇ『はばたきウォーターの人』ってアンタだったんだぁー」
「……なんの話だ? 」
 バーコードを読み取りながら馴れ馴れしく話しかけてくる。この春から入った新しいバイトだろうけど……誰だ?俺、こんなやつ知らねぇぞ?

「先輩から聞いてたんだ。いつも同じ時間帯にはばたきウォーター一本だけ買ってく人がいるって。アンタうちの店じゃ『はばたきウォーターの人』って呼ばれてんだぜ、不二山嵐さん」
「……なんで名前……」
 たしかに毎回はばたきウォーターだけ買ってるからそんな風に呼ばれててもおかしくはねぇけど、名前覚えられるようなことはしてないはずだ。「袋は要らないんだよね?」とか言いながらシールだけ貼ってくれてるそいつの顔をじっと見てしまった。

「あっ、そうかゴメン。オレもはば学。昨日の全校朝礼でアンタ表彰されてたじゃん、柔道の市民大会優勝とかで」
「なんだ、同じ学校か」
「そっ。有名人とはとりあえず仲良くしておきたい方、オレ新名旬平」
「ははは、なんだそりゃ」
 ドリンクを渡され、レシートを断ろうと思ったら先に「レシートこっちで捨てとくね。邪魔でしょ」って言われた。
 なんだ、チャラそうだけど案外気の利く奴だ。「ありがとうございました! 」って頭下げてるそいつに「どうもな」って声かけてレジを後にする。
「今後もコンビニハロゲンをご贔屓に! 」
 自動ドアが開いて出て行く時に控えめの声でそう言って手を振ってきたので軽く振り返す。面白い奴が入ってきたと思った。
 

  ◇   ◇   ◇


 コンビニで会った面白ぇ奴――新名が俺のことを覚えていたぐらい、新学期早々に全校朝礼で表彰されたのは効果があったらしい。新入生もそこそこ獲得できて新年度の柔道部はいい滑り出しだった。
 あれからコンビニでは新名とも何回か会った。「調子どう? 」「まずまずだな」なんて言い合うぐらいだったけど、今までずっと通ってても店員とそうやって話すことなんかなかったからランニングの最中も(今日は新名いるかな?)とちょっとだけ楽しみにしてる。

 そんなある日、部活が終わって家に帰ってから、いつもの距離、いつものコースを走って、いつものコンビニに寄った。いつもと違うところは、駐車場にでっけぇ貨物トラックが停まってたことぐらい。
「いらっしゃいませー…あっ、嵐さん」
「なんか取り込んでんのか? 」
「んー、高速道路で事故があったらしくてさ。商品補充のトラックが渋滞に巻き込まれてスッゲ遅れちゃって」
 いつもだったら下校と帰宅ラッシュのお客合わせでもうとっくに補充終わってるんだけどねー…と頭を掻きながら、新名は社員らしき店員のところへ走って行ってしまった。
 そう言われて改めて見てみれば今日はやけに店員が多い。たぶん休憩中の要員も全員駆り出されてるんだろう。トラックの運転手らしき人まで台車を押してあっちこっち走り回っている。

 この店は駅から近いから、この時間帯は電車が着いた直後はドッと混む。それ以外はそうでもないけど、部活帰りの団体が寄ることもあって、並ぶのも嫌だし俺はそういうときは時間をずらすようにしてる。
 今日のこの状態で電車が来たらレジ混むんだろうなと、他人事ながら心配になった。
 大変だよなコンビニも。邪魔はしないでおこうと、いつも通りに飲み物の売り場へ向かったところで、思わず声が出た。
「あっ、ない」
 隣を通りかかった、空のパン箱を持った眼鏡の大学生店員がその声に足を止める。
「えっ、あっ! はばたきウォーターですよね!? 」
「あ……そ、そうっす」
 ほんとに『はばたきウォーターの人』で認識されてんだな俺……って、なんかちょっと恥ずかしい。そして、はばたきウォーターがない今、俺はただの人だ。

「しょ、少々お待ちくださいっ」
 眼鏡が慌てて走り去る。それとほぼ入れ違いに新名が走ってきた。
「ゴメン! はばたきウォーター切れてんだって?」
 俺に声をかけながら新名がバックヤードへ消えていく。そしてすぐにまた走って戻ってきた。
「あのさ、他のじゃダメかな? 在庫なくって……一応今の便で入って来てるのは来てるんだけどまだ梱包されたままでチェックも通ってないんだ。でもいま納品チェックできるひと一人だけなんだよね」
「うーん……他のだとクエン酸入ってねんだよなぁ……運動の後はコレって決めてたんだけどしょうがねぇか」
 
 こんな時にワガママ言うのもなんだし、駅向こうのドラッグストアでも扱ってたはずだからそっちに行くかな……とか頭ん中で代替案を練ってた時だった。
 
「……じゃあ、ちょっとだけ待ってて。オレが出してくる」
 新名はまた店の裏へ消えてしまった。



 しばらく手持ち無沙汰に立ち尽くしてると、空いていたドリンクの棚に裏からはばたきウォーターが何本かゴトゴトと下りてきた。
 ガラスの扉を開けて一本取り出すと、新名が小走りでやってくる。
「ごめん遅くなって! とりあえずそれ、もう出せるやつだから持ってって」
「ああ、別に言うほど待ってねーよ」
 新名の制服(?)の膝が白くなってる。
 床にしゃがみ込んで作業して、それ払う暇もないぐらい急いで帰って来たんだな。
 
「オレもなんだけど、今日のバイトがたまたま最近入った新人ばっかりでさ……誰も納品チェックとか品出しとか、知ってるんだけど一人ではやったことなかったんだ。だから店長一人で急いでる弁当とか優先でやってて……ゴメン」
 そういえば、さっき弁当やパンのコーナーでは大人の店員がバーコード読む機械みたいなの持ってて、品物の種類ごとに読み取って何かチェックしてからでないと並べられないみたいな感じで作業してたな。
「そんな急がなくてもよかったのに」
「いや、どうぜ誰かがやんなきゃいけなかったから」
 オレが一人でドリンク類取り掛かったおかげで早く終わった、と聞いて見回すと、確かにさっきまで雑然としていた店内はいつも通り整頓され、いつの間にか店員の数も元通りに減っていた。
「おかげでオレもスキルアップできたし? つか引きとめてゴメン。レジ行こ」
 新名がはばたきウォーターを手にレジへ向かう。

「コンビニも大変だなぁ」
「そーだよ、大変なの」
 新名が空いてるレジに入って『レジ休止中』の札を退けたので、俺も小銭を用意した。
「俺も高校に入ってからプール監視員のバイトするようになって、働くって大変だとつくづく思う」
「へー、嵐さんプールでバイトしてんだスゲー。危ないこととか多いっしょ?」
「そうだな。でも、プール監視員が危険と隣り合わせの仕事なら、物流の窓口になるコンビニは時間や需給バランスとの戦いだもんな」
「ま、まぁね。戦いってほど大袈裟なもんでもないけど」
「いや、危険に備えてるだけの俺と違って、コンビニは毎日が実戦だろ。偉いよおまえは」
 いつものようにレシートを中で処分して、俺に商品を手渡そうとしながら新名がちょっとだけ固まってる。

「なんか……そんな風に言われたの初めてかも」
「そうなんか」
「うん。だいたいは『レジ打って商品並べるだけだから楽でいいよねー』みたいに言われるんだぜ。それで時給いいから紹介してって言われてもなぁ?って感じっしょ? 」
「ははは、楽な仕事なんてあるわけねーのにな」
「ですよねー」

 今度こそ商品を受け取って帰ろうとしたら、新名が店員の声じゃない素の声で「ありがとうございました」って言った。

「オレ……高校生だから時給高い時間帯には入れねーし、その割にキツイし、このバイト続けられるか不安だったけど、嵐さんにそう言ってもらえて頑張れる気がしてきた」
「そうか。頑張れ」
「うん。マジであんがと」
「別に礼言われるようなことはしてねぇよ」
 むしろ礼を言うのは俺の方だ。はばたきウォーターなんて他の店で買えばいいだけの話なのに、新名はわざわざ探しに行ってくれたんだから。

「俺の方こそ、コレ出してきてくれてサンキューな」
 そこでオレの後ろにレジを待つ他の客が立ったので、そのまま新名に手を振って店を後にした。



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