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 左のふくらはぎに違和感がある。
 それに気づいたのは走り始めてしばらく経ってからだった。

(部活中か? 走り出してからか? )
 違和感と言っても骨や関節に異状があるわけじゃなく単なる筋肉の張りのようなもので、だから余計に左足だけなのが気になる。知らないうちに左ばっか使うような癖ついちまってたかな?
 何にせよ風呂入って、寝るまでの間に湿布でも貼ってりゃなくなる程度の張りだ。極力左右均等な体重移動を心がけながらその日のロードワークを終わった。

(でも念のため、クールダウンの時に軽くアイシングしときてぇな)
 幸い今日は細かい小銭の手持ちがなくて五百円玉を持ってきてた。いつものはばたきウォーターと氷を買ってもお釣りが来る。
 はばたきウォーターを片手に、氷を売ってないかと冷凍コーナーを覗き込んで思った。そうだ、どうせ買うならアイスでもいいな。チューブに入ってるタイプのアイスなら脚冷やしたあと溶けてても食えなくはねぇし……

「嵐さん、怪我でもしたんスか!? 」
 じっとアイス売り場を覗き込んで物色してた俺に、背後から声をかける奴がいた。新名だ。
「いや俺はアイスを買おうと……」
「でも左脚庇ってなかった? どっか傷めたの!? 」
 新名がすごい勢いで詰め寄ってきて冷凍のショーケースから氷の袋を引っ張り出して俺に渡すと「隣の公園で脚冷やして待ってて!」と言い残して走って行ってしまった。


 新名に言われたからというわけでもないけど、いつもどおりコンビニの隣の公園でダウンのストレッチをしてると、制服の上着を脱いだ新名が救急箱やら何やら抱えて走ってきた。
「脚冷やした? 」
「いや、まだ」
「もー、ダメじゃん!! 」
「大袈裟なんだよ、おまえ」
 新名に促されベンチに座ると、ジャージの裾をめくられた。

「つーか、おまえよくわかったな。俺できるだけ左右均等に体重かけてたつもりだったけど」
「無意識かどうかわかんねーけど、後ろから見たらいつもよりちょっと左肩上がってたよ。だから、あっ脚か腰庇ってんのかなって。で、オレが怪我したのって聞いたらちょっと左足引いたじゃん」
 新名がレジ袋からさっき買った氷を取り出して、分厚いビニールの袋ごと俺の足に「このへん? 」と当ててくれるので俺ははばたきウォーターのキャップを開けた。

「すげぇ。おまえよく見てんな」
「まあね。あんた目立つから――ていうか、これ自分で冷やしてよ、何のんびりしてんスか! 」
「バレたか」
 氷を押さえる手を交替すると、手の空いた新名が今度は救急箱を開ける。
「もーオレ、嵐さんのこと超柔道強い先輩だって店でも自慢してんだから、故障とかマジカンベンしてよね……」
「だから大袈裟だって」
 つーか、俺のこと『先輩』って言ったってことは、こいつまだ一年か。態度デカいから同い年かと思ってた。
 そんなことをぼんやり考えてると「湿布貼るから足あげて」と指示された。

「おまえ抜けてきて大丈夫だったんか? 」
 この救急箱だって店の備品だよなぁ。
「オレと交替で休憩入るとこだった先輩にちょっとだけ延長してもらってるよ。でもうちの店、タイムカード15分刻みだから早く戻らなきゃ。あとこれ」
 オレの目の前に小さいレジ袋が差し出される。
「さっきオレが氷買わせたからお金ないでしょ、だからそれはオレのおごり」
「あ、」
 そうだった俺、さっきアイス買おうとしてたんだった。レジ袋の中には俺が狙ってたチョココーヒー味のパピコが入ってた。

「……おまえ、いい奴だよな」
「オレがいい奴っていうより……なんか放っとけねんだよな、嵐さんって」
 得な性格してるよね。と付け足された新名の言葉が率直な感想なのか厭味なのかなんて判別できるほど、俺は他人の心の機微に敏くない。
 でも、新名が俺が脚を庇ってることや、どのアイス買おうとしてたかなんてことまでちゃんと見てて気づいてくれる奴だってことはわかる。
「やっぱいい奴だよ、おまえ」

 代わりの人がいるんならこれ食う間ぐらい大丈夫だろ、って、俺は新名にパピコを半分差し出した。
「じゃ、ありがたくパピコ半分この間お付き合いします」
 パピコを受け取って新名が笑う。
 柔道部の奴ら以外でも、こんなに俺のことちゃんと見ててくれる奴がいるんだな、って思ったら胸のあたりがあったかくなった。


  ◇   ◇   ◇


 いつものコンビニ。いつものはばたきウォーターを取りにドリンク棚に向かうと、これから混雑する時間帯に備えてか新名がモップで床を拭いてた。
「嵐さんチーッス! 」
「押忍」
 新名が掃除の手を止めてすぐそばの棚から目当てのペットボトルを取ってくれる。

 新名は夏休み中は毎日ここのバイトに入っているのか、最近よく会う。学年が違って利用する昇降口が違うせいか学校では全然会わなかったけど、こういう暇な時間にコンビニで会うとちょこちょこと雑談とかもするようになってた。

「調子よさそうだけど最近どうっスか? 次の大会とか」
「ああ、二学期始まったらすぐ新人戦の県予選始まる。うち黒帯なの小さい選手ばっかだから団体はどうかわかんねーけど、個人戦では今年いいとこまでいけるんじゃねーかな」
 レジに入って俺のはばたきウォーターのバーコードを読み取りながら、新名は俺の話をじっと聞いてる。
「マジパネェ。新聞載っちゃったりすんじゃね?」
「載っても地方紙の隅っこだろ」
 あんまデカく載ると親に柔道やってることバレるから困るんだけど。
 でもデカく載った方がこいつは喜ぶんだろうな。

 って、なんで俺こいつを喜ばせること考えてんだ。きっとこいつが子犬みてーに尻尾振って寄ってくるからだな。まあそういうの、俺もこいつなら嫌じゃねぇんだけど。
「興味あんならおまえも柔道部入るか? 」
 何気なく口に出してみて、自分でも名案だと思った。

 そうだ、こいつは観察眼や注意力は相当ある方だ。
 見かけによらず頭もいい。
 運動神経も良さそうだし今から鍛えてもいい選手になんじゃねーか。
 でもちょっとウエイトが足んねーかな、でも走り込みさせて下半身中心に作っていけばまだ成長の余地はあんだろ。
 ――一瞬にしてそんな新名の育て方に想像を巡らせた。
 何より、こいつが一緒だったら楽しそうだ。うん、俺が楽しい。

「いやいやオレ熱血とか青春とか無理だし。っつか、バイトあるから」
「俺もバイトしながらだから大丈夫だぞ」
「誘ってくれんのは嬉しいんだけどさ……オレ今このバイトに燃えちゃってんだよね。毎日実戦! っしょ? 」
 あっさり勧誘を断られたことより、夏休み前に俺が言ったことを新名がまだ覚えてたことが意外で、ちょっとぽかんとしてしまった。
 あの時は確かに「なかなか冷静で丁寧な奴だな」って見直したから俺は自分の言ったことよく覚えてたんだけど、それがこいつにまでそんな印象に残ってるとは思ってなかったんだ。
「ああ、そんなことも言ったな」
「なにその『いま思い出した』感! オレ、嵐さんがそう言ってくれたからコンビニマスターになってやろうって頑張れるようになったのに! 」
 ……へぇ、ほんとに俺が言ったことで頑張れてるのか。あのとき言ってたのは社交辞令じゃなかったんだな。
 そういうの、なんかくすぐってぇ。

「あれ、珍しい組み合わせだ」
 ていうかコンビニマスターって何だ、って突っこもうとしたら、背後からすっとぼけたような声がした。
「あっ、琉夏さんだ。チョリッース」
「チョリッス、ニーナ、不二山もオッス」
「押忍。おまえこそコンビニ寄るなんて珍しいな。買い物か? 」
 いつも「金ない」「腹減った」「コンビニなんて贅沢だ」みてーなことばっか言ってる、隣のクラスの桜井琉夏が、俺の真後ろに立ってた。
「うん、普段は激安スーパー以外で買い物するとコウに怒られちゃうんだけど、このお菓子はこの辺じゃここでしか扱ってないからね」
「いつもありがとうございまーす」
「そっか。じゃ、琉夏の会計早くしてやれ」
 俺はもう会計済んでたから二人に手を振ってレジ前を後にした。ニーナの「ありがとうございましたー」って声を背中に聞きながら自動ドアを出る。



 あれ、なんか変じゃねぇか?
 いくら琉夏が空手強いからって、背後に立たれるまで気づかなかったなんて。俺、なんか上の空だったか?

 考えられるのは、そのとき新名と話してたことだ。
「嵐さんがそう言ってくれたから頑張れるようになった」
 あいつ、なんかそんなこと言ってた。
 柔道以外のことで『誰かが』自分の影響受けてくれることが、そんなに嬉しかったんか俺。琉夏に背後取られても気づかねーぐらい?

 違うな。
 新名が、だ。
 柔道部の奴らだって、応援団の奴らだって、俺の言うことに反応して影響される奴なんていくらでもいる。

 新名がじっと俺の話聞いて、新名がいつも俺のこと見てて、新名が俺の言ったことで影響受けて――新名だから、俺こんなに舞い上がってんだ。なんだこれ。

 俺、一人で盛り上がってっけど、新名の方は俺のことどんな風に思ってんだろう?

「……ごちゃごちゃ考えたからって、わかるもんでもねーな」
 考え事すると腹が減る。集中力も落ちる。晩飯までまだ時間もあるし、これからまだストレッチやって、家帰って筋トレもしなきゃなのに。
 あいつがどう思ってたって、俺はあいつと話したいし、見ててほしい。俺が考えようと考えまいと、明日も明後日も店に行けば、新名は俺の話聞いてくれるし俺のこと見ててくれるだろう。
 勝手にそんな確信めいた思いを抱いて、俺はペットボトルの蓋をギリリと開けた。


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